モンスター娘という『属性』をご存知ですか?
モンスター要素を持つ女の子って書くと伝わり易いでしょうかね。
ハーピィだったりマーメイドだったり下半身が馬だったり頭からツノが生えていたりetc...

『モンスター娘』は『人間』でできる部分、できない部分があります。
その差異が、モンスター娘という属性を引き立ててくれます。

この小説は、人間に裏切ら酷い目にあった真島孝弘君(主人公)の物語。
人間であること。モンスターであること。たったひとつの大きい壁がスパイスとなって物語を彩ります。

表紙絵



モンスターのご主人様 : 1 (モンスター文庫)
著:日暮眠都先生
イラスト:ナポ先生


今回はモンスターのご主人様の1巻の感想です。
ネタバレだらけですので要注意です。

先に書きます。
なんとこの小説、普通のラノベなら必ずあると言ってもいい、作者のあとがきがありません。ビックリです。
あとがきが無い分だけ、限界まで物語が書かれています。
どんな小説でもあとがき結構楽しみにしていただけに、残念のような、その分だけ物語があったので嬉しいような……複雑な気持ちです。

さて、この小説はなろうさん出身小説でコミカライズも行われています。
相当数なボリュームが確約されていて、この記事を書いている現在、11巻まで既に刊行されています。
コミカライズ版は小説版に比べて分かり易い反面、心情描写が漫画だとどうしても圧縮されてしまうため、余韻が残り難い印象があります。というか両方比較すると小説版に軍配をあげざるを得ません。
ちなみにこの小説を知ったのはコミカライズ版がきっかけです。それだけにもやっとしちゃいます。

『小説家になろう』掲載ページ

コミカライズ版掲載ページ(リンク先から探してください)

あともうひとつ。
女の子が凄惨な目に合うシーンがありますので、そういう系が苦手な方は回れ右をすることをお勧めします。

さてどういうお話なのか軽く見てみましょう。
いわゆる現代世界から異世界に移動するケースの小説です。転生では無いです。恐らく。
主人公君である孝弘君だけでなく、教師も含めて学校の人間が丸ごと異世界に行きます。規模が大きいのです。恐らく三桁の人数でしょう。コミカライズ版の1話目をご覧になればわかりますが、異世界に移動してから森の中に建てたと思われる小屋の数は相当数に上るようです。

異世界に行った人間の数が多い上に、異世界に移動した際にいわゆるチートスキルに目覚めた生徒がゴロゴロ発生します。目覚めない生徒もいます。また、チートスキルも強弱様々なようです。
戦闘向きのチートスキル持ちをウォーリアと呼ぶことにし、探索班を出すなどして模索していきます。

しかし弱肉強食な世界なのです。モンスターやドラゴンが跋扈する森の中にワープしてしまったので、戦闘能力があるメンバーとそうでないメンバーに別れ、居住生活を繰り広げます。死人も当然ながら沢山出ます。遺体だらけなのです。
そうするうちにだんだんと精神も肉体も疲弊していき、やがて秩序が崩壊します。モンスターと人間の戦いではなく、人間と人間の戦いに突入します。内部分裂、略奪etc...

それまでチートスキルに目覚めなかった孝弘君も巻き込まれ、それはもう酷い目に合います。そうして崩壊したコロニー(居住区)を背に、孝弘君は生きるために森の脱出を目指すのでした……。



ココまでがプロローグです。
コミカライズ版だとイラストがある分エグさ倍増です。女の子も殺されているんですよ……なんて酷いことをっ。
こういう人間同士の醜い部分を散々見てしまったため、孝弘君は人間が信じられなくなってしまいます。いわゆる人間不信ってやつですね。

孝弘君は力尽きて死に掛けた時、スライムに襲われます。
ところがそのスライムとパスを繋ぐことに成功し、孝弘君は命を救われたのと同時にチートスキルを獲得したことがわかります。モンスターテイム――モンスター使いですね。召喚術師ではないです。
ややこしいので要約すると、パスを繋いだモンスターの好感度が最高になり、尽き従ってくれます。パスを繋いだモンスターは『眷属』と呼ばれます。
ですのでそのモンスターの意思は尊重されますし、命令に逆らうこともできます。する気があるかどうかは別にして。パスは誰とでも繋ぐことができるわけではなく、限られている、いわゆる眷属になる素質があるモンスターにのみ発揮されます。
また、パスが繋がったモンスターには強い自我が芽生えます。

スライムといえば古今東西ドラクエが一番有名だと思いますけど、本来スライムはアメーバに近くて斬属性に滅法強いとかそういう手強いモンスターなのです。昨今だと美女の姿を模ってスライム娘になるーなんてケースも色んな漫画やアニメで見受けられます。

この小説に最初に出てくるスライムはミミックスライムと呼ばれ、捕食した対象のスキルを獲得します。さらに擬態のスキルもあります。
例えば火を吐く狼、ファイア・ファングを捕食すれば火を噴けるようになります。

紆余曲折を経てマジカルパペット(等身大のウッドマネキンのような人形)も仲間にし、1人2体の『3人パーティ』で森の中を進みます。

孝弘君はいわゆるオタク気質の人間ではなく、結構難しい言い回しも使う知的な人です。後に出てくる加藤さんなどもそうです。オタク知識は友人から伝聞である程度身に付いているようですが、良くも悪くも遊びがあまり無いタイプですね。
ただ繋がりを大切にする一面もあり、仲間にしたモンスターに花の名前を付けます。もしかしたら植物に精通する何か過去かエピソードがあったのかもですね。
(と思ったら2巻で直ぐにネーミングに底が尽き、あわばチューリップという名前が付けられるところでした。孝弘君ちょっとー!?)

ミミックスライムにはユリである『リリィ』。
マジカルパペットには薔薇である『ローズ』。

見方がちょっと変わりますけど、ペットなり何なりで自分で名前を付けると、それはもう愛着が沸きます。ゲームではなく現実なら猶更です。そして従順なんですから、孝弘君はそれはもう人間不信の反動もあって愛を注ぎ込みます。

コミカライズ版の1話や小説の最初のほうの挿絵をご覧になるとわかりますが、孝弘君は生来的には明るくてそれなりに活発だったようです。
しかしプロローグや本編で何度も人間の浅ましさ、醜さを見てしまい、人間不信が加速して表情が暗く陰りを帯びます。割と酷い目に合う系主人公君ですね……。

さて、『3人パーティ』で森の中を進んでいくと、同学年の生徒『だった』水島美穂を発見します。『だった』と過去形なのはすでに事切れていたからです。コミカライズ版からこの小説を知ったのですけど、冒頭で書いた、

女の子が凄惨な目に合うシーンがありますので、そういう系が苦手な方は回れ右をすることをお勧めします。

というのはそういうことです。
もう少しあとでもうひとつそういうシーンがありますので、合わない、嫌いな人は回避推奨です。

表紙絵の女の子が水島美穂であり、水島美穂『ではありません』。
スライム、擬態からピンと来た人は正解です。ミミックスライムであるリリイが水島美穂の遺体を捕食して水島美穂になります。ヒロイン一人目ですね。小説ではずっとリリィと呼ばれているのでこの感想記事もリリィで統一します。

リリィは水島美穂の記憶、チートスキルも受け継いでいます。
さらにスライムでありながら水島美穂に擬態している間、肌の質感などは人間と遜色ない際限が可能になっています。肌の産毛を感じる描写がありますので、それはもう再現率が凄いのです。
スライムでもありますので、限界はありますけど斬られても再生できます。そういう意味で非常に打たれ強い側面があります。

ただしこういうコピー系ではお約束ですけど劣化コピーとなります。100%の力を発揮できるわけではありません。また、水島美穂は魔法が使えたということで受け継いだリリィも魔法が使えます。
このように魔法の概念が登場しますが、まだ断片的なのでこの世界における魔法の強さ、限界などは二巻以降で詳しく語られるのだと思います。

階梯という強さのクラス分けは結構好きです。
ちなみにラノベ、オーバーロードだと魔法は位階というクラス分けで出てきます。呼び方がそれぞれ違いますので注意。

リリィが水島美穂の姿を模り、そして孝弘君に最高好感度と化しているので、それはもう疲弊した孝弘君を文字通り身も心も癒してくれます。
リリィは水島美穂の性格も受け継いだとあったので、水島美穂の性格が明朗快活のストレートなタイプのヒロインですね。しかも専門知識、オタク知識もそれなりにあるようで、リリィも水島美穂が持っていた知識をそのまま使いこなすことができます。つまり『異世界』には無いものでも知覚することができます。例えば孝弘君が中盤で『廃液』と例える場面がありますが、リリィは水島美穂の知識・記憶があるので廃液の意味を理解できています。

「相変わらず男の子のことに関しては疎いんですね。まあ、いまはそればかりでもない ようですけど」
(1巻、No.4231-4232より引用)

とあるので、多分生前も水島美穂は孝弘君に好意を抱いていたんじゃないかなぁと予想できます。モンスターであるリリィは、『水島美穂のキャラ』で孝弘君に最好意に接しますけど、それはリリィであって水島美穂ではないのです。
そしてモンスターテイムのパスが作用した部分も多いでしょうし、死人に口なしよろしくで水島美穂がどうだったのかは周りからどう見られていたのかでしか判断できません。

この小説の面白い部分のひとつとして、孝弘君は斜に構えた性格で語彙力堪能ですが、戦闘に関する知識や異世界に関する知識の基礎は、周りから聞いて構築されたという部分があります。
文中にもありますが、人間不信ですけど同時に人間を信じているのです。
だから他人の話を疑いつつも耳を傾け、知識を獲得できるんですね。
そういう意味でドライですけど取捨選択がとても上手いキャラクターになっていると思います。

さらに序盤から中盤はボチボチなのですが、中盤以降登場人物の心情描写を掘るのがとても上手い構成になっています。淡々としているようで、行動理念に対して一貫性がある上にどうしてそうなるかのプロセスまで深く踏んでいます。だから表層ではなく深層が読み手に伝わり易くなっているんですね。

この部分は小説だからこそ伝わり易く、コミカライズ版だと厳しい印象があります。
小説の強みは心情描写を文字で伝える部分が大きいと思うんですね。
特に後半のリリィ、ローズ、加藤さんの3人の問答シーンはとても良かったです。



話を戻します。
水島美穂に『擬態』しているリリィですが、見た目は完全に水島美穂と同一です。
声も、そして性格も模倣しています。
ですのでミミックスライムだと知らなければ水島美穂ではないと気付けません。
この小説の主題のひとつは、恐らくモンスターと人間の境目、垣根だと思います。

人間だからできること。
モンスターだからできること。
人間だからできないこと。
モンスターだからできないこと。

それぞれがある故に、衝突したり反発したり利用したり利用されたりします。

途中、男子生徒数名に襲われている加藤真菜という女子生徒を救出します。
加藤さんは水島美穂の後輩で、彼女の人となりをよく知っているようです。上でもありますが、

「相変わらず男の子のことに関しては疎いんですね。まあ、いまはそればかりでもない ようですけど」
(1巻、No.4231-4232より引用)

とあるように水島美穂自身が気付かない、もしくは気付かないフリをしていたことですら知っています。

加藤さんにチートスキルはありません。
モンスターであるリリィやローズと違い、いわゆる『お荷物』になります。
けれど加藤さんは人間です。モンスターではないのです。
だからモンスターであるリリィやローズと価値観の相違、人間とモンスターの違いで衝突します。

加藤さんは孝弘君以上に人間不信に陥っています。
そりゃそうですよね。異世界に飛ばされた上にスキル持ちで無いが故に立場が無く、その上、襲ってきた生徒から逃げるべく、水島美穂らと逃げ、水島美穂は亡くなり、そして自分は襲われて酷い目に合いかけるんですから……。

加藤さんが孝弘君に好意を持っているのは間違いないと思います。
しかしそれが友愛なのか親愛なのか恋愛なのかはわかりません。
ただし、

「眷属でないと駄目なんですか?」
 ほんの一瞬ではあるが、彼女は極大の怒りをわたしに向けていた。
(1巻、No.4473-4474より引用)

とあるので、恋愛感情に近い感情を持っているのは間違いないと思います。

どちらかというと加藤さんは大人しく自己主張しないようで、実は胸の内は激しいものを持っているようです。さらに観察眼がとても高く、その上、物事の順序を組み立てて考える力がとても高いです。段階を踏んで会話するのでとてもわかりやすいです。誘導尋問が得意なタイプですね。
戦闘能力が無くても、加藤さんにだってできることはあるのです。

人間だけど戦闘スキルが無い加藤さん。
モンスターだけど戦闘スキルがあるリリィ、ローズ。

の構図ですね。
上手いこと対になっているんですよね。
一枚の大きい壁がある故に関係性が生まれ、同時にその大きい壁があるが故に越えられないものがあるっていう。



リリィは明朗快活のストレートなタイプのヒロインです。
そしてローズは実直で硬いタイプの論理的思考タイプのヒロインですね。途中から喋られるようになります。ただヒロインと言っても等身大のウッドマネキンのような人形ですから、目も口も鼻もありません(どうやって喋るのかは考えるほうが野暮ってもんです)。
だから傍目で見てモンスターだとわかりますし、決してヒロインたる見た目にはなれません。
けれど喋ることができるのです。孝弘君を抱きしめることができるのです。
人間の肉体で無いことはひとつの障害ですが、それ以外の部分は孝弘君に尽くし、そして愛し通せるのです。

リリィもローズも孝弘君のことをご主人様と慕い、愛します。
そして生殺与奪の根っこに孝弘君がいます。孝弘君を助けるためには自らだって犠牲にできます。
喜ぶことができます。
怒ることができます。
哀しむことができます。
楽しむことができます。

見た目が人間でなくても読み進めていくうちに、読み手もヒロインとして意識していけると思います。
描写が比較的淡泊で基本的に孝弘君の一人称で物語は進みますが、孝弘君もまた、徐々にリリィやローズに惹かれていくのがよくわかります。それだけ『二人』が魅力的なんですから……。



この物語はプロローグを除き、大きく4つの山場があります。
ひとつは加藤さんが襲われている現場に遭遇した時。

ふたつはクラスメイトの加賀君と再会した時。
最初に見たコミカライズ版が確か『加賀君編』のクライマックスでしたっけね。

冒頭で書いたように、秩序が崩壊し、人間が人間を襲う構図になってしまいます。
果たして再会したクラスメイトは、理性を、秩序を、そして善性を維持できているのか、どこまで信じていいのか、裏切らないのか。判断が問われてきます。

結論から書くと加賀君は裏切ります。
けれど加賀君はifの孝弘君でもあるわけです。孝弘君の精神が摩耗し、タガが外れれば加賀君と同じようになっていた可能性は決して否定できないのです。
だから加賀君の行為は決して許されませんし、殺されても文句は言えません。けれど同情とは違いますけど、同じクラスメイトを手に掛けるのです。孝弘君が何も思わないわけがないのです。

孝弘君は人間不信に陥っています。けれど同時に人間を信じてもいるのです。
裏切られた際の保険は賭けていても、同時に裏切らない可能性も賭けているのです。
だから孝弘君は余計に傷つきます。
そりゃそうでしょう……異世界に来るまでは他愛もなく学校生活で顔を合わせていたのですから。

孝弘君は人間を信じていません。けれど全てを信じていないわけではないです。
裏切る前提で考えたとして、裏切る必要性があるかどうかを選別できます。
付く必要が無い嘘を考える、というわけですね。全部が全部嘘ではなく、真実があるかどうか考えます。嘘を付くには嘘を付く必要性、メリットが当然あるわけですね。ならそれらがないなら嘘を付く理由にはならないということにもなります。

加藤さんから得た情報、加賀君から得た『真実だろう情報』。
これらの情報を基にして、孝弘君たちは森を進みます。

先に書くと1巻の段階では異世界に人間がいるのかどうかは一切不明のままです。
探索班は帰ってきませんし、水島美穂を想っていた高屋君も、二つ名を冠するチートスキルを持った生徒たちも出てきません。森から抜け出すことなく物語は終わります。
だからモンスターが生息していること、魔法の概念がある以外にこの異世界がどういう世界なのかほぼ不明です。

帰ることができるのかわかりません。
そもそも食糧問題がある以上、留まることもできません。明日が、見えないのです。

そういう意味では、タガが外れた生徒たちはある意味では幸せかもしれません。
極限状況に置いて、自業自得の結果になれど、最期にやりたいことをやって死ねたのですから。絶望を抱いたまま虚無に呑まれて死ぬよりは幸せなのかもしれません。
無論、だから許されるのかは別の話です。秩序があるが故に理性が働き、人は善性で行動できます。
けれどその『ルール』が外れる状況になってしまえば、それは善性を失えば力が支配する世界になってしまいますからね……ルールは守られてこそのルールなのです。



後半は女の子モンスター、白いアラクネの少女との死闘が行われます。
モンスターによって自身が抱く価値観が異なるという、まさにこの小説に相応しい主題に突入します。
ちなみに白いアラクネの少女は一人称が妾(わらわ)で古風な言い回しとキツネっ娘系で見かけるタイプのキャラになっています。孝弘君のことを主(あるじ)と呼びます。

アラクネもまた、孝弘君とパスが繋がることによって自我が芽生えた眷属モンスターです。
巨大蜘蛛から女の子が生えていると言えば想像できるでしょうか。銀髪ですし古風に近い言葉遣いなので中々個性が強いキャラです。

ただリリィやローズと大きく異なる部分があり、このアラクネの少女は孝弘君を独占したいと考えています。そしてリリィやローズと違い、モンスターとしてのレベルはもっと上位のもの、ハイモンスターになります。つまりリリィやローズでは根本的にレベルに差があり過ぎて太刀打ちできません。

ローズのスキルは道具作成能力です。孝弘君たちの武器防具は基本的にローズが作成してくれます。
さらに自らの腕などを取り外して交換することもできます。
そんなローズですが、一撃のもとに吹っ飛ばされて半壊します。絶対的な力の差、というやつですね。
リリィは擬態能力のほかに水島美穂が獲得していた魔法スキルがありますけど、やはりアラクネに対抗するには厳しく、やはり敗北します。
当然、戦う力が無い加藤さんで対抗することもできません。なす術がなく、孝弘君は攫われてしまいました。

ウチはこの小説を読んで、面白いと思い始めたのはこの辺りからですね。
それまではモンスター娘系って昔はともかく、今だと萌え属性にもありますから、意外と見る機会があったんですよね。ならどこで差別化されるかで面白さが決まるといっても過言では無いと思います。
正直なところ、前半戦だけでは評価に困る部分が多かったです。

この『モンスターのご主人様』が面白いと思ったのは、まさにこの後半からなんですね
具体的には上でも書きましたが、加藤さんがリリィとローズと問答するシーンです。

モンスターだから決して人間にはなれないけど、戦闘能力があるリリィとローズ。
人間だけど戦闘能力が無く、孝弘君の力には決してなることができない加藤さん。

対比の構図ですね。
その上、孝弘君が攫われたことでリリィはブチギレています。
だから一刻も早く孝弘君を助けたいのです。そうなると『お荷物』になっている加藤さんの処遇をどうするのか、という問題が発生します。

モンスターであるリリィは加藤さんを放置して孝弘君を救出することも、加藤さんを放置しないで一緒に孝弘君を救出する選択肢もあります。
前者を決行した場合、救出できる確率が上がる反面、全て無事に成功したと仮定したとして、孝弘君に嫌われてしまう未来も同時に想像できます。
後者を選んだ場合、お荷物である加藤さんと一緒に行動するのですから、当然移動速度が落ち、ただでさえ劣勢なのに戦闘になると更なるハンディを背負うことになります。

だからどちらを選んでも何かを失うんですね。
そして最上位に来るのが孝弘君である以上、孝弘君からの信頼を犠牲にしてでも助けに行こうと思うわけです。

けれど根本的な部分を、リリィは忘れているんですね。
仮にこのまま加藤さんを放置してローズと二人で挑んだとして、勝ち目の無い戦いをしようとしているという根本的な問題を。

加藤さんのロジックの展開はとても見応えがあります。
理に適っている上に段階的にリリィを、ローズを説き伏せていくので、それまでの暗くて自己主張が大人しかった加藤さんのイメージが一変します。
加藤さんもまた、この小説においてとても重要なポジションなのだと気付かされます。

「わたしは加藤さんのことを羨ましいと確かに思っていて……」
(1巻、No.4181-4183より引用)

「嫉妬、してるかもしれなくて……」
(1巻、No.4185-4186より引用)

「こんな汚い感情を抱いているって知られたら……ご主人様に嫌われちゃう」
(1巻、No.4186-4187より引用)

それはまさに、人間らしさであるということ。
ローズに指摘され、加藤さんに指摘され、リリィもまた、心が成長していきます。
自らの醜さを認めること。自らの非を認めること。
間違いを認めることは物凄く難しいのです。理論武装を固めるのは簡単です。けれど、それを認めることは難しいのです。敗北すると同義だと捉えてしまえるのですから。

アラクネと戦うのが目的ではありません。
孝弘君を救うのが目的なのです。
目的の優先順位をはき違えたお陰で、孝弘君を除いたパーティは加藤さんがいなければ壊滅するところでした。勝率ゼロの勝負を挑んでも、意味が無いのです。

ならばどうするか。
プランを練ります。アラクネを倒すプランではありません。孝弘君を救うプランです。
だから、アラクネは決して倒せなくても良いのです。

しかしアラクネに捕まっている孝弘君を救出できても、アラクネが追いかけてくるのは間違いないですし、やはり戦闘に突入してしまうと勝ち目がありません。
ならばどうするか。それはリリィもローズもモンスターである――眷属であることを利用します。リリィやローズにあって、アラクネに無い部分を突きます。弱点を攻めるといっても過言では無いでしょう。

故にアラクネの牙城は崩れます。
自らが気付かなかった弱点をさらけ出され、自分を持って自分にトドメを刺すのです。
眷属であるとはどういうことなのか。孝弘君を想う気持ちは同じなのに、どうしてリリィたちとは違うのか。その差が、毒の刃となってアラクネを襲うのです。

アラクネの少女によってモンスターがモンスターテイムによって自我を獲得する一端が語られます。この世界のモンスターの在り方について語られます。
けれどそれは一端に過ぎません。まだこの小説はプロローグです。森から脱出してからが恐らく本番なのでしょう。

1巻は綺麗に終幕します。
モンスターであること。人間であること。
ひとつの答えを出し、ひとつの道を築きます。
けれどそれはエピローグであり、同時にプロローグです。

まだ、物語は始まったばかりなのです。



ということでモンスターのご主人様、1巻の感想でした。
上でも書いていますが、心情描写の事細かさに惹かれました。
2巻以降も継続読書確定です。予想と違う方面で面白かったです。
二つ名を持つチートスキルを持った生徒が全く出てきませんでしたが、2巻以降で出てくるんでしょうね。女の子の名前もありましたしどういうキャラなのか非常に楽しみです。

前半よりも後半で畳みかけてくる小説なので、もしお読みになる際は、前半で投げ出さずに後半も読まれることをお勧めします。